レコーディング・レポート/杉本 正(チェロ・コントラバス編)
今回のアルバム「STROMATOLITE」の制作にあたって、アウターリミッツのこだわりの一つに、出来る限り外注はしないで自分自身の手でアルバムを完成させるということがあった。
アルバムデザインや写真もデザイナーやフォトグラファーに依頼することなく(廃屋の写真のみMr. Doitehuの作品をお借りしたが)、レコーディングに関するディレクションやジャッジもメンバーで行った。メンバーで行ったといっても、実際には、その大部分において塚本が中心となって制作を進めてきたわけだが、メンバー間での意見交換や、それぞれの作業への協力体制は、バンドのトータルなカラーになったと思う。私として多少なりとも貢献出来たのではないかと思える部分として、ストリングス(チェロとコントラバス)の録音がある。
このアルバムには、「Lullaby」と題されたドラムレスのアコースティックバラードが一曲含まれている。荒牧のガットギターと川口のソロバイオリンが全面に出ている曲だが、バックには美しいストリングスオーケストラが全体のサウンドを支えている。
ストリングスサウンドの最もお手軽な録音手段としては、シンセサイザーのサンプリングがあるが、やはり生の音にはかなわないということになると、通常はストリングスセクションを雇うということになる。
しかしアウターリミッツは、プロのバイオリニ奏者とコントラバス奏者がメンバーにいるので、とりあえずバイオリンとコントラバスは大丈夫としても、他に必要なのはビオラとチェロということになる。
ご存じの方も多いと思うが、ビオラとバイオリンは、大きさがすこし違うだけなので、基本的にバイオリン奏者であればビオラを構えて音を出すことはできる。事実、オイストラフやスークなど優れたバイオリン奏者はビオラでも素晴らしい録音を残している。
さてわれらが川口はというと、ビオラを所有していないのは仕方ないとしても、音大のオーケストラの授業以来ビオラには触ったことがないという。それでも数日ビオラを借りただけでレコーディングが出来るのだから、川口の才能を差し引いて考えても、このバイオリンとビオラはほとんど持ち替え可能といってもいいだろう。
実際にはバイオリンとビオラでは、バイオリンのソプラノ譜表(ト音記号)に対して、ビオラはアルト譜表(ハ音記号)というように楽譜の記譜が違うので、読譜にはかなりの慣れが必要となる。多分、川口はアルト譜表を読み慣れていないので、録音はソプラノ譜表で読み替えて演奏したと思う。
それに対して、チェロとコントラバスというのは、私の周りではほとんど持ち替えて演奏するという話を聞かない。構え方も微妙に違うし、なによりチューニングがコントラバスだけは四度なので、他の擦弦楽器とは互換性がない。
ではなぜ私がチェロを所有し、演奏するのかというと、私のコントラバスの奏法がフレンチスタイルなので、チェロの弓が持ちやすいということも全く無関係ではないが、やはりひとえに「チェロを演奏するのが好きだから。」ということに尽きる。
最もわかりやすく表現すると、いつもコントラバスを演奏していると、時折無性にチェロが弾きたくなるのだ。コントラバスの反応の悪い太い弦、握りにくい太いネック、大きく扱いにくいボディーから出る輪郭のはっきりしない鈍い音は、知らず知らずのうちにストレスを蓄積させるようだ。それに対してチェロは、テンションが高く細い弦に細いネック、小振りなボディーから出る、明るく張りのあるクリアな音は、そのストレスを発散させてくれるように感じる。
ちょうど私がアウターリミッツ以外のバンド活動では、ほとんどベースを弾かないでギターを弾いているというのに似ている。実際アウターリミッツ以外では私は横浜の小さなライブハウスで、ギターを抱えてプログレではなくロックンロールを演奏している。特にアウターリミッツのライブの後や、今回のレコーディングの後のように、集中してエレキベースを弾いた後は、なぜか必ずギターを弾きたくなるのだ。それと同じ状態がオーケストラでコントラバスを演奏しているとチェロを弾きたくなるという現象だ。
だから、今回のチェロの録音は、とても楽しかったし、思いのほかいい感じに録音出来たと思う。それでも一旦録音が終わってラフミックスを聴かせてもらった後で、チェロのサウンドだけは、思うところがあって自分から取り直しを希望した。
塚本も私の気持ちをよく理解してくれて、私が取り直しを希望した部分に、それまでにはなかったオブリガートのソロチェロを書き加えてくれた。間奏の後の再現部のボーカルに絡む短いオブリガートだが、実に効果的に書かれている。私が喜々として演奏したのは言うまでもない。そんな雰囲気が聴く人たちに伝われば嬉しいのだが。
ちなみにこのアルバムには、パイプオルガンのソロや無伴奏バイオリンのソロ曲も含まれているので、かなりこれらの曲でクラシカルなイメージが前面に押し出されているが、この「Lullaby」曲中のストリングスオーケストラにも、ちょっと注目して耳を傾けてもらえるとありがたいと思う。
そんなわけでアウターリミッツは、自前でストリングスオーケストラが録音出来るという実に珍しいロックバンドでありました。
さらに付け加えると、塚本の生ピアノ(生オルガンは会場の制約があるので)川口のバイオリン、荒牧のクラシックギター、私のチェロかコントラバス、桜井のパーカッションで、アンプラグド・アウターリミッツが出来上がる。アンプラグド・アウターリミッツでアコースティックバージョンの「ペールブルーの情景」なんて、とても聴いてみたいと思う、個人的には。(他人事か!)